こはるの日記(仮)

スピッツファン

『ギリシア神話を知っていますか』を読んだ

3年ぐらい前に書いた読書感想文です。最近本をよく読んでいて楽しいので、僕も何か書きたいと思いつつ仕事が忙しくて書く余裕がないので昔書いた感想文を読んでとりあえず満足した。またこの本読みたい。

阿刀田高さんの『ギリシア神話を知っていますか』を読んだので感想を書く。
この本は12章で構成されており、各章はギリシア神話の神々に関する物語や伝説について、解説を入れながら著者独自の解釈や著者の過去の経験を絡める形で書かれている。文章全体に対する割合としてはギリシア神話の物語自体が半分、解説などが半分という感じだろうか。 これまでの人生でギリシア神話にまったく馴染みのなかった(本のタイトルに対する回答は「いいえ」である)僕にとっては紹介されているギリシア神話自体がまず面白かったのだが、ギリシア神話のことをよく知っている人も楽しめる本なのではないかと思う。 本の目次は以下の通りである。

トロイアのカッサンドラ
Ⅱ 嘆きのアンドロマケ
貞淑アルクメネ
Ⅳ 恋はエロスの戯れ
オイディプスの血
Ⅵ 闇のエウリュディケ
アリアドネの糸
Ⅷ パンドラの壺
狂恋のメディア
Ⅹ 幽愁のペネロペイア
Ⅺ 星空とアンドロメダ
Ⅻ 古代へのぬくもり

ただ単にギリシア神話の一部を要約するという形ではなく、著者独自の視点で書かれているということは上述の通りだが、これが個人的には非常に良かった。特に印象に残ったのは『Ⅵ 闇のエウリュディケ』である。
黒いオルフェ』というギリシア神話を元にした映画があり、この章は『黒いオルフェ』のあらすじから始まりその後に映画の元となったギリシア神話のオルペウスとエウリュディケのエピソードが書かれるという構成で、全体としては映画の評論文のようになりつつもギリシア神話のこともちゃんと書いてくれているというとても良い感じの文章だった。
特に好きだった部分を引用してみる。

あの死の仮面の男はなんだったのか。なぜあの男はユリディスを追いかけたのか。一方なぜユリディスは必死に逃げなければいけなかったのか。一番肝心な部分については、なんの説明もなかったじゃないか。(中略)
そのテーマは喜びの絶頂の背後に忍び寄る死の恐怖。あるいは人間の愛と死とのかかわりあいなのであって、一つの哲学を具体的に表現するために、それぞれの人物がそれぞれの役割を委ねられただけのことだ。
オルフェとユリディスは深く愛し合うように役割を与えられているのであり、そこにはなぜ、どのようにして愛し合うかというテーマは少しも必要ではない。また死の仮面は、なんの理由もなくユリディスに死をもたらすものとして登場すれば、それでいいのであって、なぜ殺さなければいけないかという疑問もここでは意味がない。
神話は、深く愛し合っているものにあえて死の別離を与えるという、そうした事象だけを語りたかったのであり、それを通して繁栄と背中合わせに存在する暗黒を人間たちに伝えようとしたのであろう。

引用部分が長くなってしまったが、簡単にまとめると、下記のような感じ。
男女が一目で恋に落ちなぜかその女の命を狙う謎の人物がいて女は死んでしまう。
その女の死体を男がどうやってか死体置場から持ち帰るのだがそのまま崖から転落して男も死ぬ。
そんな現実世界ではありえないような設定に対して納得の行く説明が物語中にまったくないのだが、そういうことをこの映画に対して言うのは適当ではないということが書かれている。
この部分はただの評論としても良いと感じたし、著者が小説家であり、普段から物語の登場人物の行動について読者に納得してもらえるような描写を心がけているであろうことを考えると、普通の人よりもそういう批判をしたくなりそうなものであるが、そこはきちんと評論家的視点で書かれているのも良いと感じた。

本に対する感想はここまでにして、ギリシア神話に対する感想を書こうと思う。

ギリシア神話に登場する神はどれも人間っぽいなと感じる。これはたぶん月並みな感想なのだろうが、現代人が3000年ほど前に作られた物語を読んで「人間っぽい」と感じるということは、人間は3000年前から変わらない部分を持ち続けているということなのだろうし、現代人の人間に対する評価と3000年前のそれが似ている(または昔から変わっていない、変えられていない)ということなのだろう。
もしかすると、浮気をしたり自分の立場を守るために家族さえも殺してしまったりする神々の行いを受け入れることによって、人間は3000年もの間、自分たちの中に生じる浮気心や自己中心的な振る舞いを正当化し続けてきたのかもしれないとも思った。神話の中で人間らしい振る舞いをするのが人間でなく神であることにはそういう目的というか意図もありそうだと思った。

こんな感じでギリシア神話への入門を果たしてしまったのだが、登場する神が多すぎて誰が誰だかまったく覚えられないので、もう一回読もうと思う。まあ覚える必要はないといえばないのだが。